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2018年6月 2日 (土)

読みにくい名前

名前が大切な事は言わずもがなですが、
契約や申し込みなど重要な場合を除いては、書き間違え、私はあんまり気にしていません。
 
DMなどの宛名で「これ、考えて書けばこんな間違いしないだろう」というものでも、
笑いはしても怒る気にはならないのです。
 
以前「みんだ工房」という名前で中国結びのお店をやっていました。
(商売人ではないと痛感したのでやめてしまいました・・・。商売人気質が強くないとダメですね。)
 
お店をやっていると、どこからともなくいろいろセールスが入ります。
 
某練馬にある遊園地からのDMの宛名が「みんだ攻防」だったり、
某大手出版社からのDMの宛名が「もんだ工房」だったり・・・。
 
読みにくい・・・というよりは、完全にうっかりの確認ミス。
(しかもこの場合、作業した人は仕事で・・・ですが怒りません。)
 
友人とまではいかない「知り合い」からの年賀状、作品展のお誘いDM・・・
他にもいろいろ。
 
それでも一度も怒ったことは有りません。
 
(怒っても意味が無いから。怒る時は意味がある時だけ。怒ると疲れるし。)
 
 
      文字を書き写すのは、「見て、考えて、手を動かす」
 
ただそれだけの単純作業です。
確認さえすれば間違えることはないのですが、ちょいちょい間違いは起こります。
 
 
 
問題は、「読む」「呼ぶ」時なのです。
 
目に見えない時。
 
私の名前は読みやすいので、読み間違いはほとんどありません。
なので、対自分では問題は起きないのですが、
 
「読みにくい名前」の人と会った時が問題なのです。
 
読み方がよくわからない名前の人の名前を呼ぶ時、
 
「間違えて、失礼したらどうしよう」と、読む方は不安でいっぱいですよね。
 
間違えられることに慣れている人なら、気にしない人なら助かるのですが、
 
困るのは「怒る人」なのです。
 
物凄く不機嫌な反応をする人って、いますよね。
 
書き間違いならば、怒っても納得できるのです。
言い間違いで怒られると、「申し訳ない!」と同時に「なぜ怒る?」と思ってしまうのです。
 
自分自身にとっての「普通」が「普通じゃない」事ってあります。
ルールや常識、歴史ではっきりしていない事ってあります。
難読名前の読み間違えは、仕方がないと思うのです。
 
もし、私だったら怒らないです。嫌な思いもしません。
だって「仕方がない」と思うから。
 
逆に「読みにくくてすみません」と思うから。
 
読みにくい名前で生きていく運命を受け入れるしかない!と思うから。
 
「キラキラネーム」が氾濫して、本当に読めない名前が増えてきました。
 
読み間違えて、不機嫌になる顔はあまり見たくないです。
「大丈夫です」と音声では発せられているけれど「放つオーラ」が大丈夫ではない。
そんな時の場の「気」が突き刺さって痛い。
 
 
 
 
上手な人付き合い方法に「相手の名前を呼ぶ」 というのがありますが、
間違えたら上手どころの話ではなくなってしまいますよ・・・。
 
実は、私はあまり相手の名前を呼ばないのです。
間違えるくらいなら、呼ばない方が良いと思うのです。
 
ある意味「ヘタで不器用」なのです。
 
 読みにくい名前で怒る人って、一生怒るのだろうか?
なんだか、大変だなぁ。ご本人も、周りも。

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