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2016年4月

2016年4月26日 (火)

*作品展示のお知らせ*東京都板橋区役所 区庁舎ギャラリー

作業場のもよう替えと大掃除(年末年始は香港のイベント準備のため後回しだったのです)をしていたので、ご無沙汰してしまいました・・・。

おかげさまで今年9年目の埼玉県山西省友好記念館の作品展は3月末で無事終了。
先日搬出作業も終りました。
 
他の教室の生徒さん方もたくさん見に来てくださったそうで、
非常に多くの方にご来館いただけたとの事でした。
とても嬉しく思います。ありがとうございました。
終わりは始まり、また来年に向けてコツコツ準備をします。
そして入れ替わるように新しい展示のお知らせを・・・。
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4月4日~8月1日まで、東京都板橋区役所で作品を展示中です。
毎年板橋区在住の美術家の中から選抜展示をしているのです。
板橋区美術家連盟の日本画、洋画、写真家の先生方とご一緒です。
広い場所なので、大きめな作品を選んでみました。
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縦1m以上の作品なのですが、ご覧のように他の先生方の作品と並ぶと・・・
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まだまだ大きな作品が必要だなぁと、実感しますwobbly
 
努力目標が有っていいじゃないか、うんうん。
 
人間環境」って重要。
環境で人は変わるから・・・。
 
イメージや気分だけで、身を置くグループ(場)を決めると、自分や時間を活かしきれないと思う。
決めた理由の軸がずれていると、せっかくそのグループに身を置いていても、
そこに属しているからこその醍醐味は味わいきれない感じもします。
(中国語で言うところの“近朱者赤,近墨者墨”なニュアンスも有るし。)
 
だから出来るだけ「自分」をよく見て、自分に向いているか?意欲を向け続けられるか?
想定ではあるが、まずはそこから判断したい。
 
経験上他人の「思惑」に流されない努力も必要だとも思う。
他人を自分の欲求を満たすためだけに引き込むテクに長けている人たちも多いから。
でもそこに引き込まれてしまうかどうか?の判断も結局は自分自身。
「あ、違った!」と感じ、確認が確信になったら、離れる勇気が必要なのだ。
 
そうでなければ何となく選んだ(選ばされた)「場」で、
身の置き所の選択失敗から生まれる不満を「良かった探しや愚痴」で埋めながら、
ただ何となく過ごし、一生が終ってしまうと思うのです・・・。
(友人関係、恋愛や結婚にも通じるなぁ・・・sweat01
 
「場違い」「間違い」って言葉が昔からあるのも納得かな・・・(そんな所に来ちゃった自分に違和感や恥ずかしさを感じられる人と、そうではない人、感じていても居座るために演じる人、いろいろいるしなぁ…)。
 
身の置き所選択の間違い」をおかしてしまうと、何となくの悲しい思いや居たたまれない気持ちを味わう事になってしまうかもしれない。
 
「場に合う人や、間が違っていない人たち」にとっては、せっかく吟味してよく見て選んだ場活かしきれないもどかしさがある。
だから、排除の方向へと押しやる息苦しい空気がにできてしまうかもしれない。 
 
なんとなくの「居心地の悪さ」「居たたまれない」雰囲気の発生源はそれかも。
それでも変化を恐れたり、面倒くさがって居座り続けると、どうなるのか?
生き物の残酷さを身をもって知ることになりかねないshock
 
だって植物だってそうだから。
酸性の土壌に適さない種を酸性の土壌に植えてしまえば、それがどんなに良い種だとしてもうまくは育たない。
その土壌に合う植物に駆逐されていく。
 
そういうのが好きな人も世の中にはいるけど、私はダメ。耐えられない。
 
そして「本当の事」は「根っこは同じ」だから、別の話をしていても通じる人には通じると思う。
(いつか書きたいのですが、これは中国語学習にも通じるところが有るんですよね・・・。)
 
美術家連盟に入れてもらうのは、そんなに簡単ではなかったけれど、
ワークショップなんかも任せていただけるようになったし、「これは立派な工芸だね」って言って下さる方もいて、間違ってはいなかったかな・・・と実感できるようになりました。
毎年毎年作品を見ていただくことで「こいつ入れて良かったな」と、感じていただけたら嬉しいな。
そして、こうやってたくさんの方々に見ていただける環境をいただけたのだから、
皆さんに「中国結びってこんな作品なんだ!」と知っていただけたら嬉しいです。
 
もうね、自分だけが嬉しいんじゃなくて、
まずは自分が嬉しい→自分のやった事に気をかけてくれる人が嬉しい
これの「お互い様ループ」が理想なんですclover
 
だから、「結局は自分の事だけで、そのために嘘ごまかしの大風呂敷を広げて他人を丸め込む人」や、よく見ないで「丸め込まれている人」が繰り広げている情景を見るのに抵抗があるのです。
 
過去私も、丸め込まれていたからcrying
息苦しさに、我慢を重ねて脱出した経験がいろいろあるのです・・・。
も・う・い・や・だ!
 
こうやって、人によっては表に出さない事まで敢えて正直に書いているのも、どこか通じ合う所があるお互いが、見つけられるような「めじるし」にしたいから。
 
「都合の悪い人」には嫌われるけど、
「腑に落ちる・共感するところがある人」とはつながれるし、出会えるから。
 
そんな人間環境だけで、もう充分すぎる。
 
人の出会いは「出ないと、会えない」から、場所を選んで出て行きたいと思っています。

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