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2015年7月

2015年7月 6日 (月)

日本において「中国結び」と名のること

「中国結び」と言われ扱われていても、実際には中国結び単独ではなく、
「日本結びや西洋マクラメ結びを混ぜ込んだものを、中国結びとして紹介している人たちがいること」について、私が長年軽視できない想いでいる事をご存知の方は多いと思います。

最近、更に危機的なものを感じる出来事があったので、今まで出すのを遠慮していた「具体的に突っ込んだ話」をします。

本物を理解し、大切にする人は少ないです。
やがて偽物が本物を食いつぶしてしまうような感覚があります。
黙っていると「空気」に蝕まれそうで、悲しくなるのです。

同じように感じている人達に「その違和感、あなただけじゃないよ!」と伝えたい。
手先だけではなく、気持ちも丁寧でありたいと思える方たちに、どうか伝わりますように・・・。

世界にはざまざまな結び文化があり、飾り装飾結びの起源は恐らく一箇所であろうと思われますが、それぞれの国や地域での歴史発展においては区別があります。
日本結びには日本結びらしい表現や名前、基本的な考え方があるし、
西洋マクラメ結びには西洋マクラメ結びらしい、
中国結びには中国結びらしい表現や名前、基本的な考え方がちゃんとある。
これは個人が曲げようのない歴史的事実です。
 
 
・・・「中国結び」とは、「ひもを結ぶ事だけを指し示す言葉ではない」。
 
 
中国結びを扱ったり学んでいるはずなのに、好きなはずなのに・・・。
*「中国結び」と名のりながら、中国結びの本質には無頓着。どう見ても「西洋マクラメ結びや日本結びの結び目名や表現を混ぜて、情報の送り手側に立ってしまう人たち」が後を絶たない理由と、そのことによって現実におきている問題についての考察。*
 
結局、教える側と、教わる側に原因と問題があるのです。
 
15年間さまざまな該当者を観察したり、話しかけたり、質問しながら見えてきたのはこの現象は「趣味としてやっている台湾駐在員の奥様や留学生に特に多い」ということ(中国やシンガポールでも見られるという報告もあります)。 
 
中国結びを日本語で教えるのは、たとえ日本語学校の先生レベルであっても難しいです。
私自身、日本人ですが難しいです。毎回考えながら言葉や表現を選んでいます。
しかも日本人は、立体構造を脳内で把握するのが比較的苦手な民族であるとも言われています。
だから、当然カタコトの日本語しかわからない台湾や中国の先生が、充分な知識、技能、資料なしに日本人相手に中国結びを教えるのは至難の技なのです。
 
そこで、日本で売っている西洋マクラメ結びや、日本結びの本をコピーして、
駐在員の奥様方や留学生相手に「中国結び」として教える台湾人の先生が、30年ほど前から出てきたわけです。
その「やり方」は広がり、今では元ネタが日本のどの本のものかもわからないままに「中国結び」として日本人に教える台湾の先生が増えました。
更には「台湾で日本人が日本人にソレを教える」というややこしい状況にもなってしまったのです
(まだ学び始めていない駐在員の方はもちろん、旅行者の方や留学生の方、注意が必要ですよ。たとえ本や雑誌で紹介されていたとしても、セールストークで知識のない編集者の目はごまかせますし、出版も自費出版ならハードルは低いのです。せっかく台湾や中国まで行って体験しても、中身は日本で売っている日本や西洋マクラメ結び本に載っている作品の劣化コピーだったりする可能性がないとは言えません。後でがっかりする人が気の毒でなりません。有名である事と信頼できるかどうかは違うんです。技術的に認められて有名なのと、売名が上手くて有名なのは全然違うでしょ?有名になろうとすれば嘘ごまかしが付き物なのは、なにも中国結びの世界だけではありませんよね)
 
流れに便乗して、丸ごと一冊タイトルだけ中国結びに変えた、日本結びや西洋マクラメ結びの海賊版も多く出版されてしまいました出された日本結びの先生ご本人が怒り心頭であったのは、業界では有名な話です。そしてその逆パターンもありますが、ここでは省略)
日本でも海外でも「本が出ているから。本に載っているから」と鵜吞みにしてしまいやすいですが、それは一種の錯覚です。その本がどのような出版社でどのような作者や編集者によって出されたのか?も重要なのです。それによって意味はずいぶん変わるのです。
 
扱っているのが台湾人や中国人であっても、本物の送り手側とは限りません。
どこの世界でも、「見かけだけ」と「本物」は混ざっているのです。
 
そして、駐在員の奥様の多くは、違和感も無く、確認もせず、
「台湾の先生が教えているから」「私は今、台湾にいるから」「本にあるから」「紹介されたから」と、あまり深く考えずに、それらが「中国結び」だと思い込んで鵜吞みにしてしまうのです。
(奇妙な事に日本語が母国語でありながら「ひも」を「いと」と言ってしまったり、「あむ」「ゆう」「むすぶ」の意味を取り違えている駐在員の奥様が非常に多い原因も、台湾人の先生の日本語の間違いに少なからず影響されているように見えます。
そもそも根本的な問題は「外国人に自分たちの民族の文化伝統を、責任と誇りを持って丁寧に教えようとしなかった、台湾の一部の先生側にある。だから鵜吞みにしてしまっている日本人駐在員の奥様や留学生たちも、ある意味被害者ではあります・・・。ですが、どんな世界でも問題が更に大きくなる原因は、片方側だけではなく双方にあるのです。)
 
台湾在住時の個人的な趣味としてとどまるならまだしも、日本に帰国後、教える側になりたがる人も少なくありません(最近は台湾や中国にいながら教える人が出てきました)。
たとえ「個人的な趣味だから・・・」と言っても、自分以外の人間に伝えた時点で、当然個人的からは離れていくものです
本当の意味での「個人的な趣味」とは、あくまで個人の範疇内・・・。他人に「教えます」となった時点で、個人的を離れ他人とかかわる「伝える側」になります。
影響を及ぼす側になる。無知なままでは自分を信じた第三者に影響が出てきます。
「友達同士の軽い気持ちなんだからいいじゃないか」と言い返してくる方もたくさんいました。
「友達なら間違ったものを教えても良い」のでしょうか?もしもそうなら友達の扱いが低すぎます。
 
たとえ相手が友達であっても、情報を放つ前に「自分で考え、調べ、確認する作業」が必要ではありませんか?
「先生」とはそういう「立場に立つこと」。
自覚がなくても場合によっては、生徒さんに嘘をつく事につながりかねないのです。
伝言ゲームのように・・・。自分が死んだ後も「その影響」は続いてしまうかもしれない。教わる側は「個人的な遊びの趣味」でも、教える側は「個人的な遊びの趣味ではない」。
・・・責任がくっついてくるんです。
それがあってこその「真の楽しみや、やりがい、喜び」なのです。
私が見てきた駐在員の奥様の中で、「そこ」を意識して活動していらっしゃる方はほんのわずかです。
意識している方と、そうではない方、やっぱりそれは作品から見て取れます。ネットで画像検索をすれば一目瞭然です。
今までもこのような内容の話を何度も書いていますが、私は駐在員の奥様全体について疑問を持っているわけではありません。
ブログなどを通じて、共感してくださる方々から直接コンタクトをいただいて、交流をしています。

皆さん現地でその渦中にいるので、生々しい「困った話」は絶えません。
中国結びをやりたいのに、気を遣って中国結びが思いきりできない。現地にいるのに・・・。
非常に気の毒だと思っています。
 
「混ぜるな危険!」なんですよ。
よく考えてみてください。絶対にわかるはずなんです。心を使えば。
想像してみてください・・・
  
日本結びや西洋マクラメ結びを真剣に扱っている方々にしてみれば、
自分たちの先生が教えてくれたものや専門の本に載っているものと、ほとんど同じ作品なのに、ヒモの材質が違うだけで中国結びとして広がっている様子を見せられているのです。表立っては言わなくても、そこは「日本人らしさ」の表向きですよ。本音は凄いものです。
心中察しませんか?
 
例えば「色紙に貼り付けたお雛様、兜、鯉のぼり、アジサイ、菖蒲・・・」
「クリスマスリース、サンタ、平結びのバッグ、中が空洞の猫、枝にとまるフクロウ、平たいライオンの顔・・・」
それらの物は明らかに、中国結びのアレンジではなくパクリです。
本屋に行って調べればすぐわかります。この話の全てが一瞬でつながります。
 
だから、この事が中国結びの評判を悪くしている原因にもなっています。
日本結びや西洋マクラメの先生のなかには「中国や台湾はすぐパクるから」と、はっきり言う人がいるんですよ。私は何度も言われました。はき捨てるように。私はパクっていないのに・・・。
しかもわざわざ作品展会場に来て、ですよ。酷い事です。が、言いたい気持ちはよくわかります。
 
これは、やっている本人達は気がつかないでしょうが、現実問題なのです。
無知は怖いです。

何も知らない相手に教えれば、自分がそうであったように、多くの場合、相手も鵜吞みにしてソレを受け入れてしまいます。無知の負の連鎖です。
無知が無知を食い物にし、好きだと言っている世界を内側から崩しているようなものです。つもりはなくても実際そうなんです。
 
そう・・・見ている立場が違えば「とんでもない行為」なのです。
 
結果、西洋マクラメ結びや日本結びの関係者に目をつけられ、苦情を言われた人たちが実際にいるのです。
「突然電話がかかってきて、指定された駅まで作品を持って来るよう呼び出された」なんて人が複数いるんですよ。
そんなめちゃくちゃなことをやっていれば当たり前ですよね。
そこで混ぜたものを教えているあなた、あなたにかかってきたらどう思いますか?
 
私は、混ぜている人たちに文句を言っているのではないのです。
心配しているのです。早く気づいて!と願っているのです。
自分自身で「知ろうとする心」「調べる行動力」を持ってみませんか?と思っているのです。
「知っていてわざとやっている」とも思いたくないのです。
 
思い出や、費やしてきた歳月や授業料、願望を否定しているわけではないのです。
 
もしもやり直さず、混ぜたままいきたいなら「混ぜた結びを教えます・・・」。
としたほうが、他人への誤解もふせげるし、自分も守れる。
 台湾や中国で直接的なおとがめを受けにくく、気がつけなかったとしても、せめて西洋結びや日本結びの専門家が山ほどいる日本でやるならば、ちょっと考えてみたらいいのにと思っているのです。
 
その事を伝えてもほとんどの場合、文句を言われたと勘違いして反発したり、言い訳をして突っぱねたり、振り返ることもしてくれません。
都合の悪い人間は遠ざけ、無かった事にして知らんふり、きっかけがあっても訂正せず、自分で調べず、確認せず「私は中国結びをやっている、知っている」と、自分より知らない人の気を引くことに重きを置いている。
その様な方々は、結局「中国結び」という名前にだけこだわっているようです。
教える側に立ちながら「中国結びとは何か?」には心を向けようとしないのです。
ですからまだ中国結びを知らない人たちは、本当に注意が必要です。
中国結びを知りたいのに、別のものを教えられる可能性が非常に高いからです。
このように、教えるための知識や技術があいまいなのにもかかわらず「本場で習った」という宣伝文句とともに、自分よりも詳しくない人を相手に「先生ごっこ」を楽しみたがる方が少なくないからなのです
そして、私が見てきたそんな人たちの多くは、何もないときは「私は知っている」という顔をしていますが、いざ「先生として責任を問われる状況」になると、一転して「私は趣味だから」「知らなかったから」「自己流だから」「我流だから」「皆にわかりやすくするために」・・・等々の決まり文句で逃げてしまうのです。
私はその姿を見ると、いつもなんとも言えない悲しい気持ちになります。
このような先生は、教わる側にしてみたら無責任で困る「先生」ではありませんか?
残念ながら結局は自分のためだけなのです。他の目的のために「中国結びという言葉を使っている」だけなのです。目立ちたい、注目されたい、などなど・・・。だから本質に目が向かない。
中国結びも、生徒さんも、自分自身をも、大切にしているとは思えないのです。
それは、人寄せのためだけの・・・素人の目をごまかせる作品さえできれば、その先の勉強や研鑽などほとんどやらない様子からもうかがい知ることができます。本当に好きならそんなことにはなりません。
その行為は残念ながら「中国結びをやっている」とは言えないのです。
 
このような状況にかかわってしまった人の中には、この事をうすうす感じている人も多いと思います。
ですが、感じながらも何かを恐れたり、知り合った欲目で見て見ぬふりをし、流されたまま黙っている「空気」が何を産むのか?
それは「日本人の気がつく能力や知ろうとする能力の劣化」なのではないでしょうか?
考えることを避けて、見つけやすいところに並べられているものを確認もせずに鵜吞みにしていると、もしかしたら取り返しのつかない事になるかもしれません。15年以上多くの人たちを見てきて、これは本当に根深い問題だと私は思っているのです。
(だからこうして「本当にやりたい人たち」が、ガッカリしないようにと願って、こんな長い文章を出しました。わかる人、通じる人、腑に落ちる人に向けて書きました。いらっしゃると信じます。)
 
 
・・・数日前にも、西洋マクラメ結びのバッグを中国結びだと言って教えている元駐在員の奥様と会いました。
どんな方なのか?事前に少し話を聞いていたので、他人から聞いただけではなく自分でも確認したくて取材みたいな会話をしました。
やはり都合の悪い流れの会話だったらしく、他の多くの方と同様「私は個人的な遊びの趣味だから」「台湾で紹介されたから仕方がなかったから」「日本人社会の中で付き合いで抜けられないから」と、「できない理由」「やらない理由」だけをしきりに言っていました。
 
ですが、実際その人はそれを「中国結び」だと言って、帰国後日本で教えています。そこに、大きな矛盾と問題を感じるのです。彼女に個人的な事情があったとはいえ、それとこれとは根っこが全く別の話なのです。
 今回知り合いに紹介されたので、会って話をしましたが、彼女には会話の意味はわからないようでした。それとも「わかりたくなかった」のか・・・。
 
彼女も他の「わからない人たち同様」、この先も「本場で学んだ中国結び」だといって、西洋マクラメ結びを混ぜ込んで、コピーバッグなどを教えていく事でしょう。
恐ろしいことに「多文化共生」という名のもとに、「中華側の代表」として地域で講習会までやっています。何事もなく楽しいだけならそれでいいかもしれない。ですがもし、なにかクレームがあったとき、彼女は「逃げずに対応」できるのでしょうか?
恐らく無理だと思います。私の前で見せたように、言い訳やごまかしをならべるだけでしょう。そしてほとぼりが冷めれば、また平気な顔をしてパクリを続け、自分と同じ人間を増やしていくことでしょう。
彼女にとっての中国結びは、中国結びをやる事ではないのでしょう。
目的は別の所にある。その目的のためならその行為は間違っていないと思い込んでいるのです。 
 
「皆仲良く交流」という言葉は、「それぞれの違いや区別があると、理解できての上」だと思います。
誰かの都合に合わせたごちゃまぜ混同ではうまく行かない。見えないところで問題は生まれる。
鶴と狐のスープの童話の様に。
 
紹介はされましたが、やっぱりご一緒できないと実感しました。
 
 
この問題は、台湾の中国結びの重鎮の陳夏生老師やその他、他と混ぜずに伝えている先生方数名に、すでにご報告済みです。
陳老師は、ある書籍に
「中国結びと称するならば、他の結び芸と混ぜるべきではない」とはっきり書かれています。
今後も折に触れて、中国や台湾で真剣に中国結びを伝えている先生方に、私はこの問題をお伝えしていくつもりです。
日本人の事も、中国結びの事も、大切に思うからです。自分で情報の裏をとっていきましょう!
 
 
 
私の話を聞いてくださった陳老師は「それは日本人がそう希望しているから、仕方がなく教えていると聞いている」とおっしゃいました。
おそらく「そう教えている先生」が言ったのでしょう。
 
私たち日本人は、本当にそう希望しているのでしょうか?

2015年7月 1日 (水)

台灣藝術節のお知らせ

このたび台湾から青少年国楽団が交流演奏会の為に来日し、

4日には横濱中華學院でも交流演奏会を開催してくださることになりました。
そこで、台湾芸術に触れていただく機会を設け、
中華文化に親しんでいただきたく、
台灣藝術節を横濱中華學院主催で開催いたします。
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中国結び作品展示とワークショップを担当させていただくことになりました。
台湾文化にご興味のある方は、ぜひ、ご来場ください。
7月4日
11時 獅子舞龍舞の授業参観(運動場)
11時半 国楽演奏会(華僑総会)
13時 中国結講座(体験込み)先着50名(四階禮堂)
13時 台湾映画「KANO」上映会(三階多媒体教室)
7月5日には校外講座が開催されます。
場所は川崎交流センター(川崎市中原区木月祇園町2-2、最寄り駅:元住吉)です。
10時 国楽演奏
12時 国楽鑑賞
13時 中国楽器紹介及び体験

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