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2012年4月 7日 (土)

緩急自在

「~すぎる」という言葉、いろいろな場面でよく耳にしますが、
この「すぎる」が出てくる元は、
結局それをはかる現時点の自分と対象との高低差(深さ)によるのだろうなぁと
思ったり、感じたりします。
がっかりな「~すぎる」も、
嬉しいびっくりな「~すぎる」も、
対象に対する放棄・否定感情の「~すぎる」も、
素直に感動の「~すぎる」も、
目指したい希望の「~すぎる」も、
結局は自分の「器」に拠るところ。
自分が「当たり前」だと思っている(思いたい)事も、
そうではない事がままあるわけで・・・。
この「当たり前」だと(自分では)思っているのがカギを握っていたりして。
 
たとえば、うっかり自分を連れて行ってしまった
自分の器の容量を「はるかに超えた」場所で、
相手をよく見ず、言葉も選ばないまま「~すぎる」と口に出してしまうと、
結果として自分にとって非常につまらない方向へと流れがいってしまうような感じです。
要するに自分で自分を陥れちゃうような事に、
知らないうちになってしまうかもしれないし、
自分にも他人にもよい流れにはならないような、そんな「~すぎる」。
 
自分の器からちょっとだけ無理をして、達成感を得ると力がつくそうです。
この「ちょっとだけ」が肝心。
ちょっとだけの積み重ねでどんどんと・・・。
サボってもちょっとだけが積み重なってどんどんと・・・。
 
そんなふうにして自分の「器」を大きくしていけたら、段階は進んでも「楽しく無理が出来る」わけですが、
さぼったまま段階を進めると、「身の程」との差は開くばかりです。
無理して居座れば、それはもうとんでもない事になりかねません・・・。
自分も他人も幸せにはなれない「場」が生まれてしまうかもしれません。
 
現時点の自分と対象との差(深さ)、いつも素直な気持ちで意識したいものです。
 
先日完成したこの作品名は「緩急自在」
201204051
物事を自由自在に操ること。
その場その場に応じて自由自在に調節すること。
不自由な中にある本当の自由。
「合わせる事ができる」からこその自由。
という意味があります。
う~ん。
脱線せず実践したいです。

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